MIRC logoMarine Information Research Center
  サイトマップEnglish
トップ >事業案内 >海洋情報シンポジウム >第6回 >第6回要旨(4)
講演要旨
日本海の海底地形−富山湾付近を中心に−
鈴木 亨
(財)日本水路協会海洋情報研究センター

   日本海は大陸と日本列島に囲まれた縁海で、その誕生は2800万年前に始まると考えられている。 日本海の海底地形は、日本列島沿岸の小規模な海底山脈と海盆とが複雑に組み合って分布する海域、大陸性地殻からなる大和海嶺や朝鮮海台などの高所、そして日本海の北半分を占める水深3000mを越える日本海盆に大別される。

   日本海の入り口である対馬海峡の西方には黒潮水と東シナ海沿岸水との混合水が滞留している。 この水は対馬海峡を挟む水位差によって日本海に入り、対馬海流となって日本海を暖めている。 冬季に大陸から吹き出す季節風は乾いているが、その下部は日本海、特に対馬海流上で多量の水蒸気を受けて湿った空気となる。こ れが日本に上陸し山脈によって上昇すると凝結して雪となり、日本海沿岸に豪雪地帯が形成される。 海流の一部は津軽海峡を経て太平洋へ流出する。本州と北海道を結ぶ青函トンネルは、氷河時代の強い流れによってえぐられてできた窪地の田山海釜(水深344m)と須田海釜(水深284m)の間の鞍部(水深140m)の下の100mを貫いている。

   日本海東縁部は新しく出来つつあるユーラシアプレートと北米プレートの境界で、これらのプレートの押し合いでマグニチュード7クラスの地震が多発している。 日本海中部地震(1983年)や北海道南西沖地震(1993年)では地震にともなう津波によって多くの生命と財産が失われた。

   日本アルプスに源を発する河川は多くの土石を富山湾に運び込む。 これらは土石流となって海底の斜面を削り、たくさんの海底谷を富山湾の周囲につくる。 谷は合流を重ね、やがて一本の富山深海長谷となる。 富山深海長谷は日本で見られる河谷ではもっとも長く、東日本と西日本を分ける構造体を南から北に約500kmにわたって流れ、富山舟状海盆と大和海盆を通って日本海北部にまで達する。 富山深海長谷の谷筋に沿った流域には陸上の河川と同様に自然堤防、三角州、扇状地などが発達している。

   大和海嶺は日本海の中心部に位置する巨大な台地状の高まりで、栄養塩の供給も豊富で好漁場となっている。 大和海嶺は日本海が誕生するときに引き裂かれた大陸塊の一部で、海嶺の中央にあって海嶺をほぼ南北に分ける大和舟状海盆(水深2100m)は、大陸地塊を引き裂く割れ目の痕跡と見ることができる。 その南には大和堆(水深236m)が、北には北大和堆(水深397m)と拓洋堆(水深409m)がある。

   山陰沖の沿岸部は二段の棚地形からなる。 一つは最近の氷河期に形成された大陸棚(外縁水深110〜140m)で、もう一つは縁辺台地と呼ばれる大陸棚から60〜150mの段差で水深200〜400mに広がる平坦な海底である。 この平坦面は大陸棚の形成時期より古い時代の海面低下期に形成され、隠岐海嶺や大和海嶺の頂部もそのような平坦面の一部である。

[前のページに戻る]

Copyright(C) Marine Information Research Center, Japan Hydrographic Association. All Right Reserved.